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《人生はやり直せる。どこからでも》

《レモンをレモネードに変えよう》


【特集】人気偉人の名言&書籍紹介《🌞元気が出るブックカフェ【SUN】ブログ

【吉田松陰の名言散歩】日本を憂う大きな愛と至誠の精神に学ぶ

《人生はやり直せる。どこからでも》

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【吉田松陰の名言散歩】

《人生はやり直せる。どこからでも》

《レモンをレモネードに変えよう》


【目次】

  1. 吉田松陰の格言・名言集

  2. 名言の背景としての吉田松陰の生い立ち

  3. 吉田松陰の有名なエピソード

  4. 高い志で断固として道を開け

吉田松陰は日本の思想家であり、倒幕のために尽力した武士でもあります。

日本史の授業を受けたり歴史に関する創作物をチェックすると、吉田松陰の名前が必ず出てくるでしょう。

一般的には、明治維新における精神的指導者であり、松下村塾という私塾を開いて明治維新で重要な働きをする若く天才的な人材たちを多く養成したとされています。

しかし吉田松陰の最大の功績は、後の世にも、その精神性の高さにおいてインパクトの極めて強い大きな影響を与え続けていることにあるでしょう。

ある意味、日本人の精神的支柱のような存在です。

また、吉田松陰が残した名言・格言には、今の時代にも必要な「実行力」をもたらすための、数多くのヒントが隠れています。

さまざまな物事が激しく変動する今の時代を生き残り、何か世のために尽くしたいと考える方は、吉田松陰の言葉を参考にしてみてはいかがでしょうか。

吉田松陰の格言・名言集

 吉田松陰の名言① 夢ある者となれ

⭐夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。

倒幕を目指し多くの若者たちに影響を与えた、吉田松陰。この名言の全体を貫くものは、夢や理想から出てくる「志」の強さでしょう。

吉田松陰の名言➁ 私心を排せよ

⭐私心さえ除き去るなら、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし。

陽明学には心が私欲によって曇っていなければ、その本来のあり方が「理」と合致するという考えがあります。

吉田松陰の名言③ 信念はあるか

⭐だいたいにおいて世間の毀誉(悪口と称賛)というものは、あてにならぬものである。

自分自身の心に偽りはないか。誠を成し遂げようとする信念はしっかりとあるかが重要です。
世間の悪口や称賛に心揺らす自分があるならば、その「志」も中途半端なものであるでしょう。

吉田松陰の名言④ 人間の価値について

⭐人間はみななにほどかの純金を持って生まれている。聖人の純金もわれわれの純金も変わりはない。

仏教的に言えば、人間はみな、仏の子としての性質・仏性(ぶっしょう)を宿している存在です。この仏性を最大限に輝かせるか輝かせないかは、その人の努力にかかっています。

また、自分には何も取り柄がないと消極的になっている人も、実は、何ほどかの才能の種はあるものです。さまざまに花開いてゆく長所を持っています。

人々の仏の子としての性質を深く愛し、その才能を開花させることに長けていた教育者としての珠玉の名言です。

吉田松陰の名言⑤ 志を持て

⭐奪うことができないものは志である。滅びないのはその働きである。

夢や高い理想から志は生まれてきます。そして高い志から出てくる影響力は、後の世まで滅びないものです。

その志からくる熱意は、決して外部から奪うことはできません。逆を言えば、
「敵は外にはない。あなたの志はどうであるのか。つねに己に問いかけて戦え」という熱いメッセージが込められています。

吉田松陰の名言⑥ 至誠をポリシーとせよ

⭐至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり。

誠意を尽くして行動すれば何事も達成できる、物事が動いてこないのは、「至誠」がまだ足りないのだ、という意味の名言です。

「至誠 」という言葉を人生の指針とすれば、吉田松陰の魂に触れることができて、大きな仕事ができるでしょう。

吉田松陰の名言⑦ 「時」を味方にせよ

⭐成し難きものは事なり、失い易きものは機なり。機来たり事を開きて成すは能わず、坐して之を失うものは人の罪なり。

困難な状況であるからといって、前に進まない状態で足踏みして甘んじていたのでは、チャンスを失ってしまいます。どんな時でも果敢にチャレンジしてこそ優れた「時」やチャンスが訪れます。

そして時を逃がさず積極的に行動してゆくこで、さらなる道が開けてまいります。

 

吉田松陰の名言⑧ 過ちを改めよ

⭐過ちがないことではなく、過ちを改めることを重んじよ。

何かにチャレンジして過ちがあったとしても、それ自体がいつまでも問題になるわけではありません。チャレンジ精神の多い人は、また過ちも多く発生します。

重要なのは、同じ過ちを繰り返さないために、問題を改める姿勢や、その過ちから教訓を導き出して智慧に変えてゆく努力にあるのです。

吉田松陰の名言⑨ 師弟関係の契り

⭐みだりに人の師となるべからず。みだりに人を師とすべからず。

吉田松陰には尖鋭の弟子がいて歴史に名を残していますが、世間一般でいわれるような師弟関係を嫌っていたようです。

求めていたものは「志を共にして魂の契りを結ぶ」ような子弟関係でしょう。

吉田松陰の名言⑩ 読書する習慣を身につけよ

⭐今日の読書こそ、真の学問である。

今の時代は昔とは違い動画サイトやSNSなどのニュースもあり、新しい情報を入れてチェックすることもできます。

しかし、本(書籍)にまさる情報量、情報の質はありません。読書する習慣を身に着けて、学問に励む姿勢を持ちましょう。

吉田松陰の名言⑪ 人はなぜ学ぶのか

⭐学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ。

人は何故学ぶ必要があるのか、ズバリ、その答えとなる名言です。

吉田松陰の名言⑫ 断行せよ

⭐決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。大事なことを思い切って行おうとすれば、まずできるかできないかということを忘れなさい。

できるかできないかを考えているうちは、本当の決心や決断ではないといえます。本当にやるべきことなら、断じて進んでゆくべきです。

吉田松陰の名言⑬ その志は本物か

⭐志定まれば、気盛んなり。

志があれば自ずとやる気が出るようになり、その志が叶う方向に、物事は進んでゆきます。

「志」は大切なキーワードであり、その純粋性や崇高さが問われます。天下国家のために命を投げ出した明治維新の志士たちの志を少しでも見習いたいものです。

吉田松陰の名言⑭ 固定観念を打ち破れ

★諸君。狂いたまえ。

狂うという言葉をネガティブにとらえているのではなく、「常識や固定観念にとらわれるな」という意味です。

坂本竜馬も「日本一の馬鹿者となれ」と言われていました。私心わ去って真実を見抜いた馬鹿者の集まりが明治維新を成し遂げたのです。

吉田松陰の名言⑮ 魂をかけているか

⭐世の中には体は生きているが心が死んでいる者がいる。反対に体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても仕方がない。魂が残っていればたとえ体が滅んでも意味がある。

倒幕のために命をかけた吉田松陰、その不屈の精神が伺える言葉です。

吉田松陰先生はじめ明治維新の志士たちの魂は現代でも生き続けていて、現代の世相に対しても、適格に雄弁に語りかけていることかと思われます。

吉田松陰の名言

かくすれば、かくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂

このように行えば、このようになるとは知ってはいるけれども、日本の将来を憂うならば、やらずにはおれない。それが「やまとだましい」というものだ。

吉田松陰の心境を如実に現わしている名言です。

名言の背景としての吉田松陰の生い立ち

吉田松陰が開いた松下村塾からは明治維新後の政府の中心メンバーが複数存在するようになります。

松陰は実質的な明治維新の最大立役者であり、幕末の武士にとっては神様のような存在だったようです。

そこでこのコーナーでは、漠然としたイメージはあっても、吉田松陰が一体どのような人物だったのか。その一端を知るために、松陰の生い立ちとエピソードを簡単に紹介しましょう。

・・幼少期の吉田松陰

吉田松陰は天保元年に、長門国の萩で生まれました。

5歳のときに叔父である吉田大助賢良の仮養子となり、吉田家を継ぐこととなります。

まだ子どもだった彼はそのころからスパルタ教育を受け、学問を叩き込まれることになります。

・・対外思想を持つ

大人となり精力的に活動することとなった彼は、西洋の先進文明に心を打たれました。

外国留学を決意するのですが戦争の影響で叶いませんでした。その頃からますます対外思想(外国へ目を向けた考え)を持つようになります。

・・ペリー黒船への乗船計画

1854年(安政元)ペリーが再来航します。吉田松陰らは、黒船の一つに忍び込んで、密航を企て行動を起こしました。

「艦隊が出航するときは乗船させて欲しい。そして世界中をみたい。」
しかし、乗船を拒否され、吉田松陰は投獄されてしまいます(翌年に釈放)

・・松下村塾を開く

安政4年に叔父が主宰していた松下村塾の名を継いで杉家の敷地に松下村塾を開き、弟子たちを育てます。

吉田松陰が一方的に教えるのではなく弟子たちと意見交換をしたり、登山や水泳などのイベントもありました。

彼の私塾は生きた学問と言われており、初代総理大臣である伊藤博文も松下村塾で学んだ1人でした。

他にも山県有朋山田顕義高杉晋作など日本史の教科書に登場するような人物が弟子だったのです。

・・安政の大獄

1858年(安政5)、朝廷の許可を得ないで、幕府は日米修好通商条約を締結。これに対して、尊王攘夷の吉田松陰は激怒します。 

翌年、幕府は、反幕府思想の持ち主を弾圧(安政の大獄)。松陰は老中暗殺計画を立てていたことを、自ら告白(実際は実行していない)します。

そのため松陰は斬首が言い渡されます。1859年(安政6)10月27日に執行されて、松陰は30歳という若さで生涯の幕を閉じました。

・吉田松陰の有名なエピソード

数ある吉田松陰のエピソードの中から、有名で印象的なものを紹介します。

打倒幕府のために命をかけた彼は、どのようなエピソードを残しているのでしょうか。

・・ペリーからも認められた!?

鎖国の日本に開国を迫ったペリーは、歴史の教科書に登場する有名な人物です。

実は吉田松陰は艦隊に乗り込み、ペリーに密航を懇願したのでした。

立場上アメリカ側はそれを断るのですが、ペリーは吉田松陰の知識欲の高さと礼儀正しい態度に驚いたようです。

アメリカ側は彼を幕府に引き渡す際、寛大な処分を申し込んだと言われています。

・・メモ魔だった

吉田松陰は数々の格言や名言を残し、それらがまとめられた書籍なども発売されています。

実は吉田松陰はメモ魔だったと言われており、何でも書き留める癖があったようです。

友人に手紙を書いて送る際も、複写して書き留めておいたというエピソードが残っています。

彼の名前が未だに有名であり創作物のモデルとなっているのは、残された言葉の多さによるものかもしれません。

・・火事では自分よりも他人の荷物を運び出した

ある家に泊まり込みで勉強していたとき、その家が火事となりました。

しかし吉田松陰は家主の荷物を運び出すのを手伝い、自分の荷物は持ち出さなかったのです。

一家の主であれば大切な物は多いがそれに比べれば自分の物は大したことはない、という理由でした。

高い志で断固として道を開け

海外に夢を見てアメリカの艦隊に乗り込んだというエピソードから、吉田松陰の実行力は凄まじいものがあると言えるでしょう。

当時、松陰の言動や思想は過激であり破天荒で危険視する人もいたようですが、その後の日本に絶大なる影響を与えました。

自分の利益になることばかりを考えて、志なく、日和見主義の政治家や指導者では何も変えることはできません。

今の時代も同じく、天下国家のためになる、高い志のあることならば、周囲からの声や評価を気にすることなく、断固として道を突き進む姿勢が極めて大切でしょう。

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