【福沢諭吉の名言散歩】学問のすすめー努力に努力を重ねよ

  • 【目次】
  • 福沢諭吉の格言・名言集①~⑫
  • 名言の背景としての福沢諭吉の生い立ち
  • 福沢諭吉の有名なエピソード集 
  • 勉学の大切さを日本に植え込んだ福沢諭吉xt

一万円札の肖像画や、学問のすすめの著者としてあまりにも有名な福沢諭吉。

経歴は一見華やかに見えますが、決して恵まれた生い立ちだったわけではありませんでした。しかし刻苦勉励し、努力に努力を積み重ねて、学問を世間に広める道を大きく切り開いたのです。

福沢諭吉はもちろん大教育者ですが、翻訳家でもあります。その生涯、海外の文化を日本に紹介することにも邁進し活躍しています。

今回はそんな福沢諭吉が残した名言・格言や人柄が垣間見えるエピソードなどを詳しく紹介していきます。

福沢諭吉の格言・名言集①~⑫

福沢諭吉の名言① 学問のすすめ

⭐ Heaven does not make man above man, does not make man below man

⭐天は人の上に人をつくらず人の下に人をつくらず

人は皆オンリーワンであり、チャンスにおいては平等である、努力することで成功をつかむことができることを説いた、学問のすすめの冒頭に登場する有名な一節です。

福沢諭吉の名言➁ 賢人と愚人

⭐賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。

学ぶ人か学ばざる人かで人物は左右される。勉学は人格を練り上げて素晴らしいリーダーになるための基礎です。

さらに勉学を行動に移したあとも、常に勉強に励むならば、もっと素晴らしい導き手になっていくことができます。

福沢諭吉の名言③ 行動のすすめ

⭐やってもみないで、「事の成否」を疑うな。

挑戦してもいないのに成功するか否かを考えてはならない。そのような人は臆病者であり、人生を前進させるための考え方ではありません。

積極的にチャレンジすることで、成功すればさらに成功への道を進み、失敗すれば「失敗から教訓を学ことで」次への道が開かれます。

一番良くないのは、何事にもチャレンジしないで、先のことをあれこれ論議ばかりしている質の悪い評論家のような態度です。

正当な論議や評論は素晴らしいことですが、口先だけの誤魔化しで、自分がチャレンジできないことへの言い訳にしてはならないのです。

福沢諭吉の名言④ 運命の開き方

⭐自分の力を発揮できるところに、運命は開ける。

「自分の力を発揮できるところ」とは、自分が本当にやりたいものは何かを考え抜いたところにあります。

そして、もしそれが大勢の人の力がいるものならば、「そのなかのどんな役割を自分がになうべきか。自分の長所という武器を磨き、それを使っていくべきところはどこなのか」を、心澄まして問うてみる必要があります。

また、「運命は開ける」というからには、そこには天の応援が入る、という方向性が必要でしょう。

「自分だけの幸福ではなく、何か人様のために、世のためにお役に立てる」道であるのか。それは福沢諭吉のような大教育者ではなくても、他の仕事でも、「心がけ次第で」皆が体験できる道です。

福沢諭吉の名言⑤ 最高の天命を

⭐努力は「天命」さえも変える。

天命にも幅があり、努力によって「最高の天命を全うしたい」という念いの強さが鳴り響いています。

また志の強さと努力によって、新しい天命が下ることがあるでしょう。この名言には、天下国家のためにお役に立ちたい、最高の自分を捧げたいという熱い願いが込められています。

福沢諭吉の名言⑥ 勇者の条件

⭐進まない者は必ず引き、引かない者は必ず進む。

⭐未だ試みずして、先ず疑うものは、勇者ではない。

「まず疑う人」で道を切り開いた人はいません。まず疑う人は自分が行動しない臆病者であることの言い訳を言ってる場合が多いものです。

それに対して「試みる」習慣のある人は、たとえそれが上手くいかなくても、失敗から経験を学んで再び立ち上がり、試行錯誤があっても壁を突破してゆきます。

学問を続けても、頭でっかちとなり疑い深くなると行動力が落ちてしまいます。学問による智慧の集積にプラスして、「何事も、やってみる。前に向かって行動する」ことで壁を突破することの大切さを教えていただきました。

福沢諭吉の名言⑦ 空想と実行

⭐空想はすなわち実行の原案

空想は単なる夢想ではありません。

ここでいう空想には、夢やロマンや理想が含まれています。理想や志があってこそ、実行の方向性がしっかりとしたものになるのです。

そして、「実行の原案である」ということは、「空想は実際に実行し現実化してゆく使命を持っている」ということです。

福沢諭吉の名言⑧ 今日を生きる

⭐今日も、生涯の一日なり。

多くの偉人に共通するものとして「一日一生」という言葉があります。

一日一日を一生と思って有意義に時間を使うことが、優れたリーダーになる条件です。

一日は黄金の時間であり、その燃焼した一日の連続こそが、美しい未来の扉を開いてゆくのです。

福沢諭吉の名言⑨ 学問の趣旨

⭐学問の本趣意は、読書に非ず。精神の働きに在り。

ここでいう読書とは、ノウハウ本や娯楽本を読むような本の読み方でしょう。読書することは学問の基本ではありますが、学問は単なる知識の寄せ集めではありません。

本を読み勉強するにも、単に表面的な文字だけを学んではいけない。そこに込められている精神を読み取り、その精神の新しい桑で自分の思考を耕しながら勉強を進めてゆくことが大事だと教えていただきました。

福沢諭吉の名言⑩ 男性の条件

⭐難きを見て為さざるは、丈夫の志に非ず。

難しい仕事を感じて放り投げるのは、男の心意気がないことの証明です。

また大変な人を見て、見て見ぬ振りをしてはならない。必ず手を差し伸べるべく行動を起こしなさい。それが真の男の志であるというメッセージです。

福沢諭吉の名言⑪ 大人物となれ

⭐一度、学問に入らば、大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。

勉強を始めたのならばとことん勉学に励むべし、農業を始めたのならば大農家になるべし。もちろんそのためには、学びが必要です。

大きな影響力を持つ人となって、世の中のために尽くしなさいという願いが込められています。

福沢諭吉の名言⑫ 一番の美しさとは

⭐世の中で一番美しいことは、すべての物に愛情をもつことです。

福沢諭吉は妻と子供もこよなく愛しています。もちん身近な人に留まらず、日本や、大きな人類愛が諭吉には存在します。

『学問のすすめ』の目的のなかには、「すべてのものを愛することの尊さと美しさ」が込められているでしょう。

名言の背景としての福沢諭吉の生い立ち

福沢諭吉が一万円札の肖像画になっていることは誰もが知っていることです。教育者として有名ですが、その他にも数々の功績を残しています。

ではどのようにしてそのような偉大な人物になったのでしょうか? 福沢諭吉の生い立ちを見ていきましょう。

・・福沢諭吉の幼少期

福沢諭吉は百助と順の間に、5人兄弟の末っ子として誕生しました。しかし諭吉が1歳のときに父・百助が他界。

その後は諭吉も内職や家の手伝いをしながら家計を支えました。

しかし活発でいたずら好きな一面もあり、殿様の名前を書いたお札を便所紙の代わりに使ったこともあると言われています。

・・教育者としての大きな一歩

5歳の頃から漢学などを学んでいましたが、本格的に勉強をはじめたのは14歳の頃。

周りの子供たちが勉強をしているのを見て、自分も勉強をしなければと論語や史記などを必死に学びました。

19歳になると、長崎の山本重知のもとで蘭学を学びはじめます。

翌年は大阪の緒方供庵の適塾に入塾し、住み込みで犬や猫の世話をしながらも最年少で塾長になりました。

23歳のときには江戸で自身の蘭学塾を開きます。

・・オランダ語が通じないことに愕然

24歳の頃に横浜を訪れる機会がありました。

諭吉は道行く海外の人たちにオランダ語で話しかけますが、返ってくるのは英語ばかり。

そこでオランダ語が通じないことにショックを受け、これからは英語の時代がはじまるのだと強く感じます。

・・書籍の発行と学校の設立

その後アメリカやヨーロッパに渡り、日本にも英語や自由で平等な海外の文化を広めようと単語集や書籍を発行。

37歳のときには代表作となる学問のすすめを発行し、ベストセラーになります。

また同じ志を持った人たちが一緒に学べるようにと、慶応義塾大学を設立

毎日新聞の前身となる時事新報も設立しました。

・福沢諭吉の晩年

脳卒中で倒れた諭吉は失語症となり、それまでのように上手く話すことができなくなりました。

その後1901年、諭吉が66歳のときに脳出血で亡くなります。葬儀には約15000人が参列したと言われています。

福沢諭吉の有名なエピソード集

福沢諭吉には数多くのエピソードや功績がありますが、その中でも有名なものを紹介していきます。

しかし中には、え?そんな一面もあったの?と驚くエピソードもあるかもしれません。

・・実は破天荒

お酒が大好きで、なんと小さい頃からお酒をたしなんでいた諭吉。

何度かお酒をやめようとしたことがありましたが、友人の丹後宮津藩士に再度お酒を勧められて誘惑に勝てずに禁酒を断念。

そればかりかお酒の代わりにタバコを勧められ、お酒とタバコの両方をやめられなくなってしまったと言われています。

・・奥さんが大好き

26歳のときにお錦という伴侶を得ました。

その後は奥さん一筋で、浮いた噂もなかったと言われています。

二人の間には子供が9人もいるのですから、仲が良かったのは疑いようがありませんね。

・・数多くの和製漢語を作った

今となっては当たり前に使われている「自由」や「民主主義」「競争」などの和製漢語は、諭吉が作ったと言われています。

・・保険制度を紹介した

西洋の保険制度を日本に紹介しました。

それまでの日本は、何かあったら家庭内で何とかするというのが当たり前の時代。

しかし教え子の阿部泰蔵が生命保険会社を立ち上げたため、今日の保険制度があるのです。

・・銀行の考え方を変えた

海外から帰って来た後、銀行の制度や考え方などを変えました。

日本銀行の設立にも関わったと言われています。

経理で使われる複式簿記も伝えました。

・・新聞に天気予報を載せた

自身が設立した時事新報に、日本ではじめて天気予報を掲載

今では当たり前になっているお天気マークもこのときに一緒に掲載されました。

・・一万円札の肖像画になる

諭吉が亡くなった後の功績ですが、これを紹介しないわけにはいきません。

財務省のホームページに諭吉が一万円札の肖像画に選ばれた理由が記載されていたのでみてみましょう。

★最高券面額として、品格のある紙幣にふさわしい肖像であり、また、肖像の人物が一般的にも、国際的にも、知名度が高い明治以降の文化人の中から採用したものです。

引用元URLhttps://www.mof.go.jp/faq/currency/07am.htm

様々なエピソードがある諭吉ですが、品格がある紙幣にふさわしい文化人として認められるような、数々の功績を残したということがわかりますね。

勉学と行動力の大切さを日本に植え込んだ福沢諭吉

福沢諭吉は、勉学と自由で平等な世の中であることの大切さを説いています。

それは父・百助が、学があったのにも関わらず下流武士だったために不当な扱いをされてきたということを、身をもって感じた体験も影響あるでしょう。

勉学と行動力の大切さは数多くの書籍で現代人にも伝えられています。また保険制度や銀行の設立にも関わるなど、数多くの功績を残しています。

諭吉の功績なくして今の日本は存在しないと言っても、決して大げさではないでしょう。

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『福沢諭吉霊言による「新・学問のすすめ」』